読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

The 42 Of Spaghetti

メモを交えて所有物を淡々と記録するログ

服のレンタル、完全食、自炊の本格化で僕達が得る自由と幸せ

その他 雑記

※勢いのみのエントリです。

airclosetが昨日から始まった所、何でもかなりの数のユーザが事前登録をしているらしいですね。
今は募集を一時的にストップし、明日よりまた再開するようです、という話題から自由の話まで。

airclosetとは

レンタル服サービス。スタイリストが選んだ服一式(3着)を、月額¥6,800で借りられる(交換は何度でもできる)。女性向け。

airCloset (エアークローゼット) 新感覚オンラインファッションレンタルサービス

これ、単にいろいろな服を着てみたい!という要望よりも、「もう服を買う必要がなくなる」という風に捉えることもできます。今は3着=大体一式分なので少し足りないですが、3式分程度をレンタルできるようになると、「レンタルする→着る→汚れる手前で返す→借りる」というサイクルが出来上がるので、持ち物は部屋着とか下着とか、極小のワードローブのみということも可能です。
服を減らしたい人、ミニマリストなどなど、色々な方面からの需要はあるだろうし、そもそも「服によって相手のセンスや価値観などを値踏みする」ことが難しくなってくる。
これが例えば「ネットショップをするように服やサイズ指定できる」とか、ほんとにクローゼット感覚になると、こういう時代にわざわざ所有することって、どういう意味を持つかなあと考えてしまいますね。そして、こうした共有になれると、供給側は極めて少なくて済むので、昔の用に個人デザイナーが活躍していくことになるのかもしれない。昔とちがうのは、情報の共有が極めて高度に行われるので、トレンド、ノウハウの共有などは維持でき、たぶん技術レベルがそんあに下がらないと思えること。近所のデザイナーが世界的デザイナーという絵空事のアレですよ!

kindle convert(アメリカのみ)


Amazon、手持ちの紙書籍をスキャンしてデジタル化するアプリ、Kindle Convertをリリース - TechCrunch

そんなことを考えたのは、kindle convertの出現も影響してのことです。
簡単にいえばいわゆる「自炊」を支援(正確にはkindle化を支援)するソフトをamazonが無償で提供するよ、というもの。当面はアメリカのみの展開です。そもそも日本では「自炊」ブームからはや4年くらい、中には膨大な本をスキャンしたひともいるだろう、という自炊先進国(多分)なので、今更感はありますけど、これをamazonが支援し始めるってところに意味がある。

物理媒体がデータ化されたり、いままでは所有するものだと思っていたものがカジュアルにレンタルできるとなると、平時においては僕達が最低限所有するものっても野津極少なくなってきて、それでいて生活レベルが変わらないということが可能になってきます。食事でも完全食を目指して作られているソイレントもかなりの好調で、CEOいうところの「農業社会の超越」としての食事のパッケージ化で効率化をし、ここまで自由になった状態だと、僕たちは一体何をすることで幸せになれるのだろうか、ということも思ったりします。


完全栄養代替食「ソイレント」が大人気、生産を50倍に « WIRED.jp

自由からの逃走

フロムを引用することもなく、自由はとても面倒で責任が重いものだというのは既に痛感されてはいますが(暇だから無目的に街をぶらつくとろくなことがない)、極端な効率化や自動化によって得られる労働の解放から来る「自由さ」は、わりと持て余すことが多いのだと思います。もちろんそうでない人も多いとは思いますが、ヒトはある程度問題があり、それを解いていくという軽いストレスがあるときに喜びを感じるみたいなので、さて、そうした喜びのストレスを、(労働、鬱陶しい雑事から開放されるとすれば)、果たしてどこに求めていこうか……というのは悩みどころですよね。


グーグルの人工知能「DeepMind」は驚異的、「現代の核開発」と心配する声も | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉:日経BPオールジャンルまとめ読みサイト

人工知能の発達もブレイクスルーして、人の領域は少なくなっていくよなあ。まあ、まだ脳に電極指して「ネットの産みにダイブする」世界がくるまでは大丈夫なのでしょうかね。

労働はネットワークで繋がる家内制手工業に逆戻りするか

これも希望的観測ですけど多分よくいわれてること。
物流の問題がありますが、それをクリアした場合(多分「近所」というのがキーワードになると思います)、物自体の流通が減っていくのではないかと。情報さえ流通すれば、物自体はある程度どこでも生産できるような仕組みになっていって、それがローカル化していくと、結局は家内制手工業が一番効率的になっていくというやつです。同人誌モデルといっても良いかな。

同人誌モデルは品質管理の問題もあるじゃねーかという指摘があり、それはごもっともなのですけど、ちょっと前はてなで話題になったラノベ叩きの話の時におもったのは、割りと自分の興味のあるもの以外には冷淡で無責任で、でもそれは別にあまり影響もないってことでしょうか。批判がムカつくって問題はありますけど、そのムカつきも含めて楽しんでるんでしょ?というのもあるし。それがどう品質と結びつくのかというと、今みたいな品質がドンドン担保されていって、例えばなろう小説みたいな品質になっていくんだけど、それにぶつくさいうやつも今度はあっさり自分たちのコミュニティ(アナザーなろう小説)を立ち上げたりして、こうお互いに無責任に罵りながらも仲良く/あるいは冷淡に何とかやっていくんじゃねってことです。

これだと基礎研究的なものがオソロ化になるので、そういうのは公共的に支える必要があるのでしょうけど、よくも悪くもコンテンツはそうなっていくのかなあと。それがよいのかどうかはわかりませんが、悲観的になることもないとは思います。

と、雑感でした。

広告を非表示にする